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岡山地方裁判所 昭和38年(ワ)460号 判決 1966年12月07日

原告 安原真二郎

被告 中村正一

主文

被告は原告に対し、金三、六四八、三七九円を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

本判決は、原告において金五〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

一、当事者の求める裁判

(原告) 主文第一、二項同旨ならびに仮執行の宣言。

(被告) 原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

二、請求原因(左記(一)ないし(三)を選択的に主張する)

(一)  (匿名組合の解除に基づく出資金返還請求)

1  原告は、被告との間で、昭和三〇年八月頃、原告を匿名組合員とし被告を営業者として、被告は恩給、扶助料等の受給者を対象にして金融業を始めること、原告は被告の事業に対する出資をすること、被告の事業は毎年一、四、七、一〇月にそれぞれ締め切り、生じた利益の二割は被告に、八割は原告に配分すること、(但し、被告の配分を昭和三二年六月から同三五年八月まで毎月金三八、〇〇〇円の定額としたことがある。)存続期間は定めない、の約にて匿名組合契約を締結し、原告は本契約の約旨にしたがい数十回にわたり合計金四〇、〇六六、五二八円を出資し被告へ交付した。しかるに原告は、昭和三六年六月頃に被告に対し本契約の解除の予告をなし、同年末頃までに解除の意思表示をした。よつて出資金返還請求権に基づき、出資金のうち金三、六四八、三七九円の支払を求める。

2  なお、右営業は、岡山恩給金融相談所の商号にて、当初の営業所を岡山市上伊福立花町に設け、ついで昭和三二年六月頃よりこれを被告の肩書住所地に移転したもので、その営業形態は、恩給受給者に金融するのと引換えに同受給者から恩給証書および恩給金代理受領の委任状等の交付を受け、年四回の受給期に代理受領した恩給金をもつて、貸付金の元利に順次充当し、これが完済の際に右恩給証書を恩給権利者に返還する仕組をとり、右貸付原資は、恩給受給者に貸付を行う都度、原告から被告に該金員を出捐交付しており、被告が代理受領した恩給金のうち、貸付元本相当のものをその都度原告が被告から返還を受け、利息分相当のものから被告が営業のため出捐した経費を控除した残額を利益として原、被告において配分していた。

(二)  (消費貸借に基づく貸金返還請求)

原告は、被告が前記(一)の2記載の営業をなすため、同人に対し、昭和三〇年八月頃より数十回にわたり合計金四〇、〇六六、五二八円を、利息を前記(一)の1記載の割合とし同(一)の2の方法により元利返済する約定で、貸渡した。よつて原告は右の貸金のうち金三、六四八、三七九円の返還を求める。

(三)  (不法行為に基づく損害賠償請求)

原告は、昭和三〇年八月頃より被告を雇入れ、同人の名義において恩給、扶助料等の受給者に対する金融業をはじめ、実際の貸付ならびに回収の業務は被告のなすところとし、これまで数十回にわたり合計金四〇、〇六六、五二八円を被告へ交付し、被告が回収した貸付金の元利金はその都度原告へ引渡すべきものとしていたところ、被告は昭和三六年六月頃より延一〇回にわたる恩給等受給期に合計金四、〇〇〇、〇〇〇円相当の金員を代理受領し原告のため業務上保管中右回収金を原告に引渡すことを拒否して、受領の都度これをほしいままに着服横領し、よつて原告に右の金員相当額の損害を加えた。よつて原告は被告の右不法行為に基づく損害の賠償として右の内金三、六四八、三七九円の支払いを求める。

三、被告の請求原因に対する認否、主張および抗弁

(認否)

(一)  請求原因(一)の事実につき、被告が昭和三〇年八月頃から恩給、扶助料等の受給者を相手として原告主張のような営業形態にて金融業を営み、被告が原告から数十回にわたり合計金四〇、〇六六、五二八円を受取つたことは認めるが、その余は否認する。

(二)  同(二)の事実は認める。

(三)  同(三)の事実中、被告が原告から数十回にわたり合計金四〇、〇六六、五二八円を受取つたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(主張)

(一)  被告が原告から右金員を受取るについては、原告と被告間に、被告が原告から受取つた資金を第三者に対し貸付および取立の業務をなし、その取立た金員全額を一応原告に交付して後日清算すること、右業務の必要経費はすべて原告の負担とし、被告が原告から交付を受けた金員については、原、被告間の貸借として、その利息は一応支払う約があつたが、利率および利息の弁済期については定がなく、原、被告が右業務によつて得べき所得は平等にて、被告の第三者に対する貸付利率が月二分五厘であることから各自年約一割五分の利息相当額の配分とし、被告の貸付についての貸倒れ等の危険は被告の負担とする旨の金融業務約定がなされているものである。右のように、被告が損失の危険負担をしていることから原告の匿名組合の主張は当を得ないばかりか、被告は原告の雇人でもないので原告の不法行為に基く請求も理由がない。

(二)  しかして、被告が原告からこれまで現実に受領した金員は、借入れた金額金四〇、〇六六、五二八円から天引された第一回恩給受給期までの利子および手数料(調査費)合計二、一一九、八五五円を差引いた残金三七、九四六、六七三円と、被告が原告から経費として受領した金二、八四四、二三六円の合計四〇、七九〇、九〇九円であり、これを既に被告が原告に交付返済している元金三六、四一八、一四九円利息一二、七四一、九一一円合計金四九、一六〇、〇六〇円から差引いた残金八、三六九、一五一円を原告が原、被告のため預つている勘定になるところ、前記貸付業務によつて得た利子収入の総額は金一三、九八六、三二〇円であり、その半額の約金七、〇〇〇、〇〇〇円が被告の得べき利益であるから、被告としては原告から約金一、三〇〇、〇〇〇円の返還を受ける筋合にある。

(抗弁)

原、被告間の本件金員貸借が消費貸借であるとしても、右計算によれば、被告は原告に既に利息制限法所定の限度額以上の元利を弁済しているから、原告のこの点の主張は失当である。

四、原告の反ばくと認否

(被告の主張について)

被告主張の計算関係の事実は争わない。但し、被告が受領したとする経費の中に被告の所得に帰すべきものが包含されているものであつて、被告主張の利益配分が平等であるような金融業務約定がなされたことはない。なお、原告が受領した右金四九、一六〇、〇六〇円のうち元金として受入れたのは金三六、四一八、一四九円であるから、原告の出捐総額金四〇、〇六六、五二八円から右元金受入額を差引いた残金三、六四八、三七九円を本訴において請求するものである。

(抗弁について)

原告が被告に本件金員を貸付けた際、被告が恩給権利者に貸付る際に徴する第一回恩給受給期までの利息および手数料額と同額の利息および手数料を天引したことは認める。

五、証拠<省略>

理由

一、被告が昭和三〇年八月頃より恩給、扶助料等の受給者を相手として金員の貸付をする金融業を営なみ、貸出に要する資金は原告が被告へ提供していたものであること、すなわち、被告は右の事業を行うため岡山恩給金融相談所を開設し、恩給、扶助料等の受給者より金員借用の申込があるときは、その都度原告より申込者へ貸付ける金員を受け取り(原告よりみれば、その都度その貸付金の提供をなしたことになる)、それを申込者へ貸出しし、それと引換えに同人の恩給証書ならびに恩給金の代理受領に関する委任状の交付を受け、各一、四、七、一〇月の年四回の恩給受給期に被告が代理して受領した恩給金をもつて貸出金の元利金の回収をはかり、貸出元本の完済とともに恩給証書を申込者に返還するものとしていたことは当事者間に争いはない。

二、右の争いのない事実について、原告は原告を匿名組合員とし被告を営業者とする匿名組合契約が原告と被告の間に成立したものであると主張し、被告はこれを争うので、まずこの点について判断する。成立に争いなき甲第二号証の一ないし九、同第三号証、同第四号証の二ないし一九、同第五、六号証、乙第三ないし五号証、同第九号証の一、二、証人佐藤英雄の証言、原告および被告各本人尋問(各第一、二回)の結果(いずれも後記措信しない部分を除く)を合わせ考えれば、被告はかねてより金融ブローカーなどの業務に携わつていたところ、原告の経営する訴外大紀産業株式会社に出入りするようになり、原告に対して恩給、扶助料等の受給者を相手として金融業を始めることについて相談をもちかけ、原告がこれに応じて両人の間で、被告が自己の名義にて貸金業の開始を届出で、貸出しに必要な資金は原告が最高限度を金一〇、〇〇〇、〇〇〇円程度にして出資することとし、申込者には月二分五厘の利息にて貸付けることとし、貸付による利益は被告が二割(もつとも、昭和三二年六月頃より同三五年八月頃まで月平均約金四〇、〇〇〇円の収入としたり、業績によつては二割五分となつた時期もあつた。)原告がその余を取得することとし、被告の事業に要する必要経費、例えば店舗の家賃、電話設置ならびに使用料、筆紙印紙等の物品購入費用、出張旅費、広告料等はすべて原告が負担する旨の合意(以下本件契約と称する)が成立し、よつて被告が岡山恩給金融相談所代表者中村正一名義で貸金業の届出をし受理され金融業を開始したものであること、原告が右のような外部的には匿名の本件契約をなしたのは、同人が前記訴外会社の経営者としての社会的地位から表立つていわゆる恩給金融を行うことにつき世間体を考慮したからであつて、原告は出資の都度被告からその受領にかかる恩給証書等の書類の差入れを受けていたが、それは被告が原告に担保として差入れていたもので、原告と恩給権利者等の第三者との間に直接的には権利義務関係はなかつたこと、被告は右恩給金融のほか自己または原告の資金にて手形割引等の金融業務も行つていたが、被告の業務の損失の分担については原、被告間には当初別段の確約もなく、両者の間においては原告がすべて負担するものと考えていたところ、昭和三五年中になつて原告が一部貸倒れの損失や不良債権の元本分を被告に負担させたことから、被告は原告が常日頃被告を従業員扱いにすることに不満を抱いていたこともあつて不信を高め、同年末頃からは従来原告に対し持参していた出資金の返還や利益金および前記恩給証書類の差入れを遅滞するようになり、原告はこれが督促をなしていたが両者の仲は悪化する一方で、翌三六年八月以後は決裂状態になつて金銭の授受は全く行われなくなり、その後原告が被告を横領容疑にて告訴するに及んだこと等が認められ、原告および被告各本人尋問(各第一、二回)の結果のうち、右の認定に反する部分は措信し難く、他に右の認定に反する証拠はない。したがつて、利益分配の点において被告にやや酷と思われるふしがあり、原告としても将来右事業をやめる場合には被告の労にある程度報いる意向をもらしていたことがうかがえないでもないが、原、被告間に被告主張の利益配分を平等とするような約定があつたことは到底認めることができない。

三、原告と被告との間に、右に認定したような本件契約の成立が認められるところ、原告は本件契約をもつて匿名組合である旨主張するが、商法上の匿名組合が成立するためには商人の営業のために出資をなすことを要し、又商人の観念が成立するためには自己の名を以て商法第五〇一条、第五〇二条の規定するいわゆる基本的商行為を業としてなすことを要するものと解すべきところ、被告の事業は単なる金員の貸付、すなわち金融業であることは前に認定したところであるから、基本的商行為とは解しえずしたがつてこれにより商人の営業なる観念が生じるものではなく、かかる事業のため出資したとしてもこれにより匿名組合の成立するものでないことが一応考えられる。しかしながら、商法第五〇二条第八号の銀行取引を金銭または有価証券の転換を媒介する行為と解し、受信および与信をともにすることを要し、単に貸付をなすだけでは足りないとし、自己資本のみで貸付をする貸金業者の行為の商事性を否定することは、現代の経済事情のもとで理論上も実際上も格別理由あるものではなく、金銭または有価証券を貸付ける行為を営業的商行為に追加しようとの立法意見もあるくらいである。してみると、すくなくとも被告の事業が営業的商行為といえないにしてもこれに準ずる行為といつてさしつかえなく、とにかく本件契約の内容が、被告が対外的に自らの名において金融業をなし、原告は被告の事業に要する資金の殆んどを出資するがその共同関係は内部的なものにとどめ、被告は原告の監視下に右事業を営み、それより生じる利益は相互に分配する旨の契約であることは前に認定したところであるから、本件契約を以て匿名組合に類似する契約として、商法の匿名組合に関する規定が準用されるものと解するのが相当である。なお、この点被告が主張するような損失負担の有無によつて、右結論が左右されるものではない。

四、しかして、前認定のように原、被告の関係が昭和三六年中に決裂するに至つた紛争過程からして、本件契約は原告主張のように遅くとも同年末頃までには解除されたものと認めるのを相当とするから、本件契約はその頃解除により終了したものといわねばならない。そこで、原告が昭和三〇年八月頃の本件契約の当初より終了に至るまでに、本件契約の約旨に基き合計金四〇、〇六六、五二八円を出資し、これまで既に合計金三六、四一八、一四九円の出資金の返済を受けたことには争いのないところであり、出資金が損失により減じたことの具体的な主張もこれを認めうる明白な証拠もないから(この点被告は、原告が天引した金額と、原告が受領した利息制限法所定の制限以上の利息を計算すれば、既に原告に対する返還金は超過していると主張するもののようであるが、本件契約は消費貸借ではないから、同法の適用はなく、該主張は認め難い。)残りの出資金三、六四八、三七九円の返還を被告に対し請求しうることは明らかである。

よつて、その余につき判断するまでもなく、右の金員の返還を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 五十部一夫 川崎貞夫 土井仁臣)

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